– 身体の奥にある「痛みのスイッチ」-

「慢性的な肩こり」「腰の奥がだるい」「腕や脚のしびれ感」「検査では異常なしと言われたけれど、痛い」
このような不定愁訴に悩む方の中に、“筋肉そのものが痛みを発している”ケースが少なくありません。
その原因として注目されるのが「トリガーポイント(Trigger Point)」です。


■ トリガーポイントとは?

トリガーポイントは、筋膜や筋線維の中に形成される、圧痛を伴う硬結です。
米国の医師ジャネット・トラベルとデイヴィッド・サイモンズによって詳細に研究され、
「筋筋膜性疼痛症候群(MPS:Myofascial Pain Syndrome)」の主な原因として位置づけられました(Travell & Simons, 1999)。

この硬結は、しばしば**遠隔部位に痛みやしびれを放散(関連痛)**させます。
たとえば、肩甲挙筋(肩の筋肉)にできたトリガーポイントが、後頭部からこめかみにかけて頭痛を引き起こすというのは臨床的にもよくあるケースです。


■ なぜ痛むのか?侵害受容器の過敏化(Peripheral Sensitization)

トリガーポイントでは、筋肉内で血流の低下・酸素不足・代謝産物の蓄積が起き、それが侵害受容器(痛みのセンサー)を刺激し続けることが分かっています。

この持続的な刺激が、末梢神経を過敏化させ、「本来は痛くないはずの刺激でも痛みを感じる」状態へと進行します(Shah et al., 2005)。これを**末梢性感作(Peripheral Sensitization)**と呼びます。

長引く慢性痛の背景には、このような神経系の変化が関与しており、単に「筋肉の疲れ」や「姿勢の悪さ」といった表層的な要因だけでは説明できないことが多くなっています。


■ どうしてできるのか?

トリガーポイントは以下のような要因で形成されると考えられています:

  • 長時間同じ姿勢を続ける(PC作業・立ちっぱなしなど)
  • 筋肉の使いすぎ(スポーツや力仕事)
  • 筋肉の冷え・血行不良
  • ストレスや自律神経の乱れによる筋緊張
  • 外傷や手術後の代償動作

これらが積み重なると、筋線維の一部が持続的に収縮したままとなり、血流障害や酸素不足が起き、神経が過敏化して痛みを発生させる状態が生まれます。これがトリガーポイントです。


医療現場でのアプローチ

現代医学では、トリガーポイントに対して以下のようなアプローチが取られています。

  • トリガーポイント注射(局所麻酔剤を注入し、過敏な神経の反応を抑制)
  • エコーガイド下での鍼治療(Dry Needling)
     → 超音波画像を用い、筋層を確認しながらトリガーポイントへ正確にアプローチ
    (参考:Itoh et al., 2016)

これらは一部の整形外科・ペインクリニックで実施されていますが、薬剤や鍼が苦手な方、あるいは日常的なケアを求める方には、手技による非侵襲的なアプローチも選択肢として有効です。


押圧によるトリガーポイントセラピーの意義

当院では、**解剖学とトリガーポイント理論に基づいた「押圧によるトリガーポイントアプローチ」**を行っています。これは、痛みの原因点を探し出し、深層の筋肉に的確に圧を届ける技術です。
特徴としては:

  • 安全性:薬剤や針を使わず、身体への負担が少ない
  • フィードバック性:クライアント自身の「そこです」「響く感じがある」という感覚が治療のガイドになる
  • 神経系への影響:深く安定した圧により、過敏化した神経の興奮を穏やかに沈静化することが期待されます(Kietrys et al., 2013)

押されて一時的に気持ちよいマッサージとは異なり、**「本当の原因点に触れられている感覚」「そこからほどけていく実感」**をともなうのが、このセラピーの魅力です。

症状別の一例

症状関係する可能性のあるトリガーポイント放散パターン
緊張型頭痛肩甲挙筋、僧帽筋上部後頭部・こめかみ・目の奥の痛み
坐骨神経痛様の痛み中殿筋・梨状筋お尻〜太もも〜ふくらはぎのしびれ感
腕のしびれ・肩こり小胸筋・斜角筋肩から前腕、手指のしびれ
顎関節症側頭筋・咬筋顎のだるさ、耳の違和感、歯の痛み
腰痛(慢性・反復性)腰方形筋・多裂筋・腸腰筋・大臀筋腰の鈍痛、骨盤の不安定感、片側の背中やお尻への放散痛

あなたの「痛みの地図」を書き換えるために

トリガーポイントは、「筋肉が感じた過去の負担や緊張の記憶」とも言えます。
そこに触れることは、単なる症状の緩和ではなく、身体の認識を“上書き”していくプロセスです。

痛みの芯に、手で、静かに届く。
その感覚を、ぜひ一度ご体験ください。


参考文献

  • Travell, J. G., & Simons, D. G. (1999). Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual. Vol. 1. Lippincott Williams & Wilkins.
  • Shah, J. P., et al. (2005). “Biochemicals associated with pain and inflammation in trigger points: a microdialysis study.” Journal of Applied Physiology, 99(5), 1977–1984.
  • Kietrys, D. M., Palombaro, K. M., & Azzaretto, E. (2013). “Effectiveness of dry needling for upper-quarter myofascial pain: a systematic review and meta-analysis.” J Orthop Sports Phys Ther, 43(9), 620–634.
  • Itoh, K., et al. (2016). “Trigger point acupuncture treatment of chronic low back pain in elderly patients–a blinded RCT.” Acupuncture in Medicine, 34(1), 3–10.
  • Gerwin, R. D. (2010). “A review of myofascial pain and fibromyalgia–factors that promote their persistence.” Acupuncture in Medicine, 28(3), 123–130.